バイオ燃料「カーボンニュートラル」の勘違い

バイオ燃料カーボンニュートラル」の勘違い     June 03 [Sun], 2012, 15:20

 

 バイオ燃料について、「カーボンニュートラル」という表現が使われることがある。「燃焼時に、光合成で固定した二酸化炭素が出るだけなので、バイオ燃料使用は大気中のCO2を増やさない」というもので、バイオ燃料の利点と考えられることが多い。だがこれは、極めて一面的な見方で、逆にバイオ燃料の健全な使用を阻害するものである。

 それを典型的に示すのが図1だ。石油とバイオディーゼル(ブラジル大豆)について、いろいろな過程で出てくるCO2を評価したもので、スイスの研究機関EMPAの報告に基づいて、筆者がレーダーチャートに描き直した。

 当然ながら、右側の石油は主に燃焼時にCO2が出る(左下向き目盛)。それに対して左側のバイオディーゼルでは、「耕作時」に同じ程度の量のCO2が出る(右下向き目盛)。その結果、CO2排出の総量は変わらない(上向き目盛)。

 つまり、「バイオ燃料カーボンニュートラル」と言えるのは、燃焼時だけを比べた場合であり、総量で比べれば全く「ニュートラル」ではない。これが大きな勘違いを生んでいる原因だ。

  

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図1. 石油とバイオディーゼルのCO2収支比較例。(伊藤・本藤、「バイオ燃料の可能性とリスク」、現代化学、2007年10月号、52-58。元データは元データはZah et al., EMPA report, 2007)

 EMPAの報告には、さらに突っ込んだ評価がある。その結果を図2に示す。色々なバイオ燃料を、温室効果ガス排出(横軸)と、総合的な環境影響評価(縦軸)の二軸で比べている。どちらの軸でも、ガソリンが100(基準)になっている。温室効果ガスによる評価は従来も数多いが、EMPAの報告は、総環境影響評価を導入した点が優れている。総環境影響評価には、生態系影響などの評価値が用いられた。評価には、念のため二つの方式が用いられたが、同じような結果が得られている。

 

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図2. 各種バイオ燃料の、温室ガス排出量と総環境影響評価値。(伊藤・本藤、「バイオ燃料の可能性とリスク」、現代化学、2007年10月号、52-58。元データは元データはZah et al., EMPA report, 2007)

 図2で、温室効果ガス排出の軸を見ると、多くのバイオ燃料がガソリンよりも良いが、それでも「カーボンニュートラル」(つまり横軸のゼロ)から大きく離れている。文字通りのカーボンニュートラルでないことは仕方ないとしても、温室効果ガス排出がせめてガソリンの70%以下になっていないと意味がない、とEMPA報告書は書いている。

 縦軸の総環境影響を見ると、ガソリンより評価が悪いバイオ燃料が多い。アメリカのトウモロコシ(エタノール)やブラジルの大豆(ディーゼル)は、環境影響がガソリンの2.5倍もある。マレーシアのパーム油(ディーゼル)は、温室効果ガスがガソリン比60%程度で良好だが、総環境影響はガソリンより悪い。

 総環境影響についてEMPAは、ガソリンよりは良いことが必須、としている。結局、合格点となるバイオ燃料は、廃棄物利用と草・木の利用に限られるようだ。ただし、草・木では安価な技術が未開発であるので、技術的課題が解決されたら、という話である。

 なお、スイスでの評価であることを反映して、牛乳由来の廃棄物である「乳漿(にゅうしょう、ミルクホエイ)」が評価の対象として入っていることが興味深い。また、スイスで試みられたジャガイモ(図2の右上の方)は最悪の評価となっている。ただし、ヨーロッパのバイオ燃料は、自給を旨とした食料政策において、余った食糧を利用するというものなので、その点は考慮する必要があるだろう。

 図3には、総環境影響評価の詳しい内訳が示されている。

 

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図3. 各種バイオ燃料の、温室ガス排出量と総環境影響評価値。(伊藤・本藤、「バイオ燃料の可能性とリスク」、現代化学、2007年10月号、52-58。元データは元データはZah et al., EMPA report, 2007)

 評価が悪いバイオ燃料では、「耕作」での影響が大きいことが見て取れる。例えば、ブラジルでは耕地開発のために、熱帯雨林が伐採されており、衛星写真を見ると道路が「魚の骨」のように見られることは良く知られている。

 しばしば、海外から燃料を輸入する際に排出されるCO2が問題にされることがあるが、EMPAの見積もりによれば、輸送による寄与はそれほど大きくない。 

 EMPAの評価には入っていないが、タイのサトウキビ(エタノール)は、うまく行っている例である。タイでは、サトウキビコンプレックスと言えるような仕組みが発達しており、砂糖工場から出る廃棄物を有効利用して、パーティクルボードや、エタノールを生産している。

 もし、タイがエタノール生産を拡大しようとして熱帯林を伐採するということになれば、サトウキビコンプレックスのシステムは持続性を失うだろう。

 このように、バイオ燃料にも地域・国の事情や、個別の燃料の事情が大きく反映する。「カーボンニュートラル」なので推進する、というような大雑把な取り組みは、却って危険なことだ。