原発安全文化指標について

原発安全文化指標について  June 06 [Mon], 2011, 23:00

 

 原発の人的要因・組織要因についての安全文化指標というものが、つい最近まで日本にはなかったという話。

 独立行政法人原子力安全基盤機構が平成22年10月に報告した、平成21年度「人間・組織等安全解析調査等に関する報告書」に次のように書いてある。
  
 「経済協力開発機構原子力機関OECD/NEAの原子力施設安全委員会/原子力規制活動委員かCSNI/CNRAに参加している15ヶ国のうち、日本とドイツ以外の13カ国では、人的要因・組織要因に係る安全文化指標SCI(Safety Culture Indicator)も含む安全性能指標SPI(Safety Performance Indicator)を報告している。」

 原発事故では、人的要因・組織要因の寄与が大きいにも関わらず、日本とドイツには、それに対する「安全文化指標」なるものがなかった。

 そこで、「海外原子力規制機関15ヶ国(ベルギー、カナダ、スイス、チェコ、ドイツ、スペイン、フィンランド、英国、ハンガリー、日本、韓国、スウェーデンスロバキアスロベニア、米国)が公表している人的要因・組織要因に係る安全文化指標も含む約140個の安全性指標について調査、個々の指標についての各国での定義、目的、評価手法(閾値、トレンド)、データの収集方法、評価周期等について整理した。」そして、「安全文化の14要素からの指標の選定方法等の基本要件を整理した。」

 件の安全文化14要素と、その劣化の兆候を評価する視点のリストを下に示した。


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1. トップマネジメントのコミットメント
 ①トップマネジメントが安全を最優先するという明確なメッセージを組織の末端まで浸透させている。
 ②安全確保の目標と利益追求などの目標の間に相克を感じることなく活動できる方針を示し、それを実行している。

2. 上級管理者の明確な方針と実行
 ①安全確保活動に関する方針を示し、それを実行している。
 ②安全を最優先した資源計画(予算計画、人員計画、設備投入計画、保守・保全計画)が立案され、その実効(含む安全 性、重要性、緊急度等に対応した優先順位と計画のずれに対する修正)が行われている。
 ③組織全体(本社、発電所)の保安活動を担う体制及び部署間の役割・責任・権限を定め、それを機能させている。

3. 誤った意志決定を避ける方策
 ①安全に関わる誤った意志決定や組織の閉鎖性(集団浅慮等)を排除するための具体的に方策が確立され機能してい
る。
 ②保安活動における意志決定にあたっては、品質マネジメントシステムにより定められた意志決定システムに従っている。

4. 常に問いかける姿勢
 安全に関わる自らの行動や機器の状況、さらには組織のあり方などについて常に問いかる姿勢が組織構成員に定着化している。

5. 報告する文化
 個人的なエラーやヒヤリハット事例、組織にとって望ましくないと思われる情報等を懸念なく報告できる雰囲気が職場に醸成されている。上級管理者が率先してその模範的な役割を果たしている。

6. 良好なコミュニケーション
 ①社内コミュニケーション(上下間、組織横断)が有効に機能している。
 ②協力会社との対話や要求事項の伝達が適切に行われ、伝達したことが浸透している。また相互理解を促進するコミュニケーションの場づくりに努めている。

7. 説明責任・透明性
 説明を要する事態が発生した場合は、地元住民や国民、規制当局にタイムリーで透明性の高い情報提供を行っている。また相互理解を促進するコミュニケーションの場づくりに努めている。

8. コンプライアンス
 ①ルールが適切でかつ有効であることを確実にするためのルールの維持管理(タイムリーな見直し、改訂、新規作成等含む)がなされている。
 ②コンプライアンスが日常業務に定着している。
 (注)コンプライアンス: 組織の目的を実現するために、法令・規制要求事項を遵守するとともに、その背後にある社会的要請に応え原子力安全を達成するための社会的ルール(原子力安全に関する標準、基準、手順書等)を遵守すること。
 ③コンプラアンスに問題を感じた時は、それについて提言できる制度や雰囲気が醸成されている。

9. 学習する組織
 ①教育・訓練、力量評価、選抜・資格等により経営者、管理者を含む組織各層の構成員の育成と動機付けを図り、組織の技術力を維持・向上させている。
 ②保安活動に関連する知見・情報・データを蓄積し、関係部署へ伝達している。
 ③自社及び国内外の重要な事故・故障から得られた知見を蓄積し、学習し、改善活動に反映させている。
 ④ヒューマンエラーやヒヤリハット分析から得られた知見を蓄積し、学習し、改善活動に反映させている。

10. 事故・故障等の未然防止に取り組む組織
 事故・故障等を未然に防止するため、事故・故障等の根本原因分析、不適合管理、是正処置・予防処置等から得られた知見が組織に伝達されている。

11. 自己評価又は第三者評価
 ①安全文化情勢活動の形骸化防止を図るため、自己評価又は第三者評価を行っている。
 ②安全文化醸成の達成度及び安全文化劣化兆候を把握するための指標を定め、自己評価を行っている。

12. 作業管理
 無理のない行程計画や現場の作業実施、作業環境の改善を行っている。

13. 変更管理
 ①組織(協力会社を含む)の変更時に、リスクや安全性への影響等の適切な評価と変更管理を行っている。
 ②ルールや手順等の変更時に、安全性への影響等を適切に評価し、変更後の管理を行っている。

14. 態度や意欲
 ①従業員の日常業務の意欲や姿勢の向上、モチベーション高揚、労務の適正化等に取り組んでいる。
 ②管理者のリーダーシップ、管理の意欲や姿勢の向上等に取り組んでいる。
 ③良好な職場風土の醸成に取り組んでいる。
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 このような指標は、普通の会社なら当然だろう。しかし、日本の原発業界では「理想」以上のものではないとしか言いようががない。このような立派な安全文化指標が日本で活用されていたら、今回の事故もここまで拡大しなかっただろうし、あるいはそもそも事故が起きなかった可能性もある。

 もし「誤った」意志決定」を避けられたら、もし「常に問いかける姿勢」があったら、もし「報告する文化」があったら、もし「学習する組織」だったら、またもし「第三者」による客観的評価がなされていたら、もし「事故・故障を未然に防ぐ組織」だったら、そしてもし「コンプライアンス」が定着していれば、等々、そうすれば事故は起きなかったのではないか。

 やはり、日本には原発を使う資格はなかった、と思わざるを得ない。

英国の放射性廃棄物処理

英国の放射性廃棄物処理      May 13 [Fri], 2011, 0:40

 

大分前に買った、原子力の技術シリーズ3と4、『燃料サイクル上・下』(W.マーシャル編、内藤奎爾監訳、筑摩書房)を読み直している。これは1983に英国で出版され、1987年に和訳されたものだが、和訳で膨らんだものと見え、各巻600ページもある。

 購入当時は一般常識として読み、そんなものかという感じだったが、今読み直すと原発事故や六ヶ所村の施設のことがあるので、まさに他人ごとではない。また彼我の違いが明確で、客観的・合理的な「西洋的感性」の良い面を見ることができる一方で、制御に対する自信過剰の悪い面も見える。しかし、日本の現状と照らすことで、参考になることは間違いないと思う。

 そこで以下に、関係箇所を抜粋して紹介したい。

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2 放射性廃棄物管理の目的と原則
 放射性廃棄物管理の目的についての国際的な合意は次の通り。

 (a) 現在および将来にわたって放射線防護の原則に従わなければならない
 (b) 将来の世代に対するいかなる影響も、最大限実現できる限り小さくする必要がある
 (c) 自然環境の性質を決して損なうことがあってはならない
 (d) 現在および将来にわたる天然資源の開発権を損なうことを避けなければならない

 放射線廃棄物管理に関するイギリスの政策は、「放射性廃棄物の管理(勅令書884)」の勧告による「放射性条例(1960年)」に基づき、原子力関連産業は次の3点を要求される

 (1) まず第一に、一般人が原子力関連産業から受ける被曝量は、国際放射線防護委員会(ICRP: International Commision on Radiological Protection)の職業人に対す勧告値、すなわち、全身被曝量で年当たり最大0.5 rem (5 mSv)の1/10以下(注: つまり0.5 mSv以下)であることを、それにかかる費用を度外視してでも保証すること
 (2) さらに、30年間の集団線量として1人当たりの平均値が1 remを決して越えることがないように、それにかかる費用を無視して保証すること
 (3) その上で、被曝線量低減化にかかる費用、原子力の利便性、原子力開発の国家的重要性の鑑みつつ、合理的に実行可能な限り、これらの被曝線量レベルをさらに低減化すること

 1977年にICRPは被曝線量限度に関する勧告を改訂し、これに伴って勅令書が884が再審議された。再審委員会は改訂されたICRP勧告を受けて、イギリスでの原子力関連事業者が遵守すべき基本的な目標を次のように定めた。

 (a) 放射性廃棄物を発生させる全ての事業は、それが必ず差引して正の便益をもたらすものであるとしてその必要性が正当化されていなければならない。
 (b) 放射性廃棄物に起因する一般人の個人被曝線量および集団線量が経済的および社会的要因を考慮に入れて、合理的に実行可能な限り低く抑えられなければならない。
 (c) 現状で、全発生源のうち、自然放射線と医療目的に起因するものを除外したものから決定グループ(注: 最も被曝可能性の高い集団のこと)を代表する人が受ける平均有効線量当量(すなわち、身体の各器官ごとに異なる放射線に対する感受性を考慮に入れた放射線のリスクの尺度)が年間0.5 rem (5 mSv)を越えてはならない。
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 この本では、以上のような原則を基に、「(著者たちが、)廃棄物中に含まれる放射線各種が崩壊して安全なレベルになるまで廃棄物を安全に人間環境から隔離しておく方法を最終的には見出す確信のあることを読み取っていただけると思う。」と記している。

 そう豪語するからには、技術的な検討も具体的になっていなくてはならない。そうでなければ、ただの虚言に留まる。そこで、例として「地層処分」の項を見てみよう。

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 地層処分は、原則的に現実的、安全、長期管理向きの廃棄物処分法であると、国際的に認められている。その背景には、イギリスの国土を含めて世界中の地表のほとんどが極めて長い期間、すなわち何億年もの間にわたって安定であったという考えがある。

 処分用サイトを作る地層の満たすべき基準は次のような項目である。

 (1) 岩盤の厚さと大きさが処分場を形成するのに十分であり、地表面からの隔離が十分な深さにあること
 (2) 地下水の水理学的条件が単純でよくわかっていて透水性が小さいこと
 (3) 地質学的に長い安定な歴史を持ち、活断層がなく地震が頻発しないこと
 (4) 適当な熱伝導率を持つこと
 (5) 化学的条件が適切であること。すなわち、、高いイオン収着容量あるいはイオン交換能を持ち、熱的に安定であること
 (6) 人間の侵入を誘うような資源の埋蔵の可能性がないこと
 (7) かつて資源開発が行われたことがないこと
 (8) 処分場の掘削、建設、操業に必要な期間中、これらに対する適性を持ち、引き続いて埋め戻しと密閉化が適切に行えること
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 英国では、このような条件を満たす土地、すなわち岩塩層、粘土質堆積層、硬質岩層の面積が、国土の16%に及ぶという。実際に必要な面積は0.1 km^2であると見積もられ、適切な土地を探すのは難しくない、と結論されている。

 こうして見ると、著者たちが「心配いらない」と豪語しているのもうなづけるような気がする。もっとも、今でもまだこのような地層処分は行われてはいないが。

 これに対して、日本の廃棄物、特に高レベル放射性廃棄物の処理を取り巻く環境は、お寒いと言うほかない。「何億年も安定だった」土地、地震が頻発しない土地、がどこにあるのか。そもそも、「イギリスを含めて世界のほとんどの地表が・・」という記述に関して、日本は例外である。それは、地震頻度を表す地図を見れば残念ながら明らかだ。

 さらに、放射線被曝を低減させるために「費用を度外視した」取り組みを要求するなど、日本から見ると羨ましい厳しい態度を見せている。これは、原子力産業に対して政府が規制を行える制度を持っていることを意味している。それは、次のような許認可に関する体制にも反映している。

 「原子力産業の成長に伴い、イギリスでは上述の目標を満たすべく、全ての原子力施設の設置と運転に関し、許認可および監督を行う体制が整備され、政府の各省庁または機関によって実施されてきた。原子力発電所や再処理プラントのような民間原子力施設を例にすれば、これらは廃棄物処理施設や貯蔵施設を含めて原子力施設検査局によって許認可され、運転条件などの指示を受ける。放射性廃棄物の処分は、担当省庁である環境省スコットランド局とウェールズ局が、イングランドウェールズ農業水産業食糧省およびスコットランドの農業水産業省とともに認可を掌っている。放射性廃棄物の輸送に関しては、環境省スコットランド局またはウェールズ局によって発行される許認可によって初めて可能となる。」

 日本では、原子力科学技術庁の専管事項だったため、例えば放射性物質が海に放出されても環境省は口を出せないという。何という違いだろうか。しかし、英国の制度の良いところを取り入れることは可能なはずだ。民主党政権には頑張っていただきたい。このような制度にこそ、仕分けの適用をお願いしたいと思う。 

ヨーロッパの将来エネルギー政策について

ヨーロッパの将来エネルギー政策について       June 02 [Thu], 2011, 10:53

 

 2050年までのヨーロッパの電力について、たいへん興味深いレポートがあるので紹介したい。このレポートは、近い将来のヨーロッパおよび周辺地域での電力について現実的な解を与えるもので、既にメーカーも入って、この方向に動き出しているという報道もされている。

 日本では、今まで頼りにしていた原発がだめになったので次は自然エネルギー、というような振れ幅の大きい政策が見られるので、大いに参考になるのではないかと感じた次第である。

 その報告書は、"Trans-Mediterranean Interconnection for Concentrating Solar Power"(「太陽熱発電のための地中海横断電力網」)というタイトルで、ドイツのInstitute of Technical Thermodynamics Systems Analysis and Technology Assessment (応用熱力学システム解析・技術評価研究所) のDr. Franz Triebがリーダーとなったプロジェクトの最終報告書(2005年)だ。原文は、http://www.trec-uk.org.uk/reports/TRANS-CSP_Full_Report_Final.pdfで見られる。短いSummaryも出ている。

 まず、図1の将来構想の概念図を見ると、タイトルの「太陽熱発電」に留まらない、広範な電力システムを考えていることが分かる。 

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図1 ヨーロッパ・北アフリカ送電網の概念図。

 このシステムのポイントはいくつかある。


 まず、自然エネルギー発電と火力発電のベストミックスを考えることである。原発は、出力一定でしか運転できないベース電源なので、それだけで外される。というのは、太陽・風力のような自然エネルギーでは、出力の変動が避けられないので、それを小回りのきく火力発電でカバーしようというわけだ。日本では、太陽・風力の変動を蓄電池で補うという発想になるが、このプロジェクトの発想は違う。

 次に、太陽光は、豊富なサハラ砂漠から太陽熱発電の電力を、海底ケーブルによって地中海を横断して運ぶ。日本ではあまり聞かないシステムだが、実は北海道と本州は電力海底ケーブルで結ばれている。

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図2 地中海横断海底ケーブルを含む送電網

 図2には、既に敷設されたものと計画中のものを合わせて、電力海底ケーブルが示されている。なかなか現実的なのである。太陽熱発電の技術・設備の開発についても、かなり進行中であると聞く。

 この電力を輸送するのは、800 kVの直流である。海底ケーブルのようなコンパクトな送電線の場合、直流の方がパフォーマンスが良いそうだ。交流だと、充電電流が流れて無駄が出てしまう。送電線や送電塔についても、環境アセスメントを含めて、具体的な検討が行われている。ただしもちろん、通常の陸上での送電は、交流で行う。

 実は、前々から疑問に思っていたフランスの将来の電力像についても、具体的な案があり、これには目を剥いた。 (続く)

ヨーロッパの将来エネルギー政策(続)

ヨーロッパの将来エネルギー政策(続)         June 03 [Fri], 2011, 17:11

 

 「地中海横断送電プロジェクト」の紹介の続き。

 図1は、ヨーロッパ各地域に適する自然(再生可能)エネルギーの分布を示している。数字は、TWh/年で表した発電能力である。

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図1 自然エネルギーの発電能力分布。数字の単位はTWh/年。(色と発電能力値の対応については、元報告を参照されたし。)

 このように、地域によって適する自然エネルギーは異なる。例えば、バイオマスは温かい土地が向いており、地熱は火山があるところ、風力は北海沿岸、水力は山地、そして太陽は北アフリカを含む地中海沿岸となる。

 次に、自然エネルギーのコストが妥当であるという説明がある。当然ながら、現実的な政策には、これは必須である。

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図2 各種エネルギー源の発電コスト比較。

 石油と天然ガスの価格が次第に上がり、中期的には、再生可能エネルギーのコストが、他よりも小さくなると予想している。サハラ砂漠での太陽熱発電は、2020年から始まり、5セント/kWh程度で安価となっている。


 サハラ砂漠で太陽熱発電ができることは良いとして、はたして地中海を横断して送電線で運ぶのが妥当かどうかについては疑問もある。そこで、水素に変換して運ぶ場合と比較している。

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図3 サハラ砂漠での太陽熱発電の電力を、送電線を使って電気で運ぶ場合と、水素に変換して輸送する場合の比較。

 水素で運ぶときは、サハラ砂漠で発電した電気を使って水の電気分解を行い、できた水素をタンクに詰めて運ぶ。その水素を使うときは、燃料電池で電気に変える。さらに必要に応じて直流交流変換を行って消費者に届ける。

 図3の見積もりによれば、水素を使うのはかなり不利だと言うことになる。それは何段階ものステップを踏むので、その度に損失が出るからだ。

 これに対して、送電線を使うと、90%くらいの効率で運べると結論している。特に、直流800 kVという高電圧直流を使うのが良いという。海底電線の場合、交流を使うと充電電流が流れて損失が大きくなってしまう。

 また、800 kVと1150 kVを比較して、短距離では1150 kVが良いが、長距離では800 kVが有利、という見積もりもされている。海底電線でこんな高電圧を送れるのかとも思うが、既に実績があり技術的な問題はないそうだ。実際、日本でも北海道と本州の間などに電力用の海底ケーブルが敷設されている。

 このような検討をした上で、再生可能エネルギー化石燃料の組み合わせで電力のベストミックスを得ようというわけだ。その様子を表したのが図4である。図中、白い枠は、必要とされるピーク電力を表している。

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図4 2050年までのヨーロッパの電力構成予測。一番下の紫色が原子力。2040年でほぼゼロ。 

 目立つのは、エネルギー源の多様性が増していくということと、風力の重要性が増していくこと、そして原子力が2040年あたりでゼロになることだ。石炭の比率は2030年くらいまでは、あまり変わらない。天然ガスの比率は、現在よりも、むしろ増す。

 そこで疑問が生じる。原子力維持政策を採るフランスはどうなるのか。2050年にも原子力を使うのか、それとも他のエネルギーに向かうのか。その解答が次の図である。

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図5 2050年までのフランスの電力構成予測。一番下の紫色が原子力で、2050年にはゼロになる。

 驚くべきことに、この報告書の結論の中ではフランスも例外ではない。原子力も2050年までにゼロにする。出力一定のベース電源である原子力は、再生可能エネルギーの変動に対応できない、いわば古い電力システムである。また、放射性廃棄物の問題や廃炉の問題、そして事故の可能性等、解決できない問題を抱えている。そのような電力源を維持する理由はないというのが、この報告の主張だ。

 このような現実的な解答は、日本の将来の電力体制を考える上で大変参考になるのではないだろうか。ベストミックスを実現するのに、化石燃料(石炭・天然ガス)による火力発電をうまく使っているのが印象的だ。

 CO2による温暖化に対する予防原則を強調してきたヨーロッパにして、このようなシナリオを立てる。ここに彼らの思考の柔軟性を見る。というより、使い分けがうまいと見るべきか。西洋のメンタリティでは分離・融合が得意である、ということと関係あるのだろう。

 もちろん、日本には日本に適した方法があると思うし、送電網が発達したヨーロッパと直接比較することはできないだろう。しかし日本でも、このような現実的なシナリオに基づく中期展望が是非提案されていくべきだ。

 

バイオ燃料「カーボンニュートラル」の勘違い

バイオ燃料カーボンニュートラル」の勘違い     June 03 [Sun], 2012, 15:20

 

 バイオ燃料について、「カーボンニュートラル」という表現が使われることがある。「燃焼時に、光合成で固定した二酸化炭素が出るだけなので、バイオ燃料使用は大気中のCO2を増やさない」というもので、バイオ燃料の利点と考えられることが多い。だがこれは、極めて一面的な見方で、逆にバイオ燃料の健全な使用を阻害するものである。

 それを典型的に示すのが図1だ。石油とバイオディーゼル(ブラジル大豆)について、いろいろな過程で出てくるCO2を評価したもので、スイスの研究機関EMPAの報告に基づいて、筆者がレーダーチャートに描き直した。

 当然ながら、右側の石油は主に燃焼時にCO2が出る(左下向き目盛)。それに対して左側のバイオディーゼルでは、「耕作時」に同じ程度の量のCO2が出る(右下向き目盛)。その結果、CO2排出の総量は変わらない(上向き目盛)。

 つまり、「バイオ燃料カーボンニュートラル」と言えるのは、燃焼時だけを比べた場合であり、総量で比べれば全く「ニュートラル」ではない。これが大きな勘違いを生んでいる原因だ。

  

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図1. 石油とバイオディーゼルのCO2収支比較例。(伊藤・本藤、「バイオ燃料の可能性とリスク」、現代化学、2007年10月号、52-58。元データは元データはZah et al., EMPA report, 2007)

 EMPAの報告には、さらに突っ込んだ評価がある。その結果を図2に示す。色々なバイオ燃料を、温室効果ガス排出(横軸)と、総合的な環境影響評価(縦軸)の二軸で比べている。どちらの軸でも、ガソリンが100(基準)になっている。温室効果ガスによる評価は従来も数多いが、EMPAの報告は、総環境影響評価を導入した点が優れている。総環境影響評価には、生態系影響などの評価値が用いられた。評価には、念のため二つの方式が用いられたが、同じような結果が得られている。

 

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図2. 各種バイオ燃料の、温室ガス排出量と総環境影響評価値。(伊藤・本藤、「バイオ燃料の可能性とリスク」、現代化学、2007年10月号、52-58。元データは元データはZah et al., EMPA report, 2007)

 図2で、温室効果ガス排出の軸を見ると、多くのバイオ燃料がガソリンよりも良いが、それでも「カーボンニュートラル」(つまり横軸のゼロ)から大きく離れている。文字通りのカーボンニュートラルでないことは仕方ないとしても、温室効果ガス排出がせめてガソリンの70%以下になっていないと意味がない、とEMPA報告書は書いている。

 縦軸の総環境影響を見ると、ガソリンより評価が悪いバイオ燃料が多い。アメリカのトウモロコシ(エタノール)やブラジルの大豆(ディーゼル)は、環境影響がガソリンの2.5倍もある。マレーシアのパーム油(ディーゼル)は、温室効果ガスがガソリン比60%程度で良好だが、総環境影響はガソリンより悪い。

 総環境影響についてEMPAは、ガソリンよりは良いことが必須、としている。結局、合格点となるバイオ燃料は、廃棄物利用と草・木の利用に限られるようだ。ただし、草・木では安価な技術が未開発であるので、技術的課題が解決されたら、という話である。

 なお、スイスでの評価であることを反映して、牛乳由来の廃棄物である「乳漿(にゅうしょう、ミルクホエイ)」が評価の対象として入っていることが興味深い。また、スイスで試みられたジャガイモ(図2の右上の方)は最悪の評価となっている。ただし、ヨーロッパのバイオ燃料は、自給を旨とした食料政策において、余った食糧を利用するというものなので、その点は考慮する必要があるだろう。

 図3には、総環境影響評価の詳しい内訳が示されている。

 

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図3. 各種バイオ燃料の、温室ガス排出量と総環境影響評価値。(伊藤・本藤、「バイオ燃料の可能性とリスク」、現代化学、2007年10月号、52-58。元データは元データはZah et al., EMPA report, 2007)

 評価が悪いバイオ燃料では、「耕作」での影響が大きいことが見て取れる。例えば、ブラジルでは耕地開発のために、熱帯雨林が伐採されており、衛星写真を見ると道路が「魚の骨」のように見られることは良く知られている。

 しばしば、海外から燃料を輸入する際に排出されるCO2が問題にされることがあるが、EMPAの見積もりによれば、輸送による寄与はそれほど大きくない。 

 EMPAの評価には入っていないが、タイのサトウキビ(エタノール)は、うまく行っている例である。タイでは、サトウキビコンプレックスと言えるような仕組みが発達しており、砂糖工場から出る廃棄物を有効利用して、パーティクルボードや、エタノールを生産している。

 もし、タイがエタノール生産を拡大しようとして熱帯林を伐採するということになれば、サトウキビコンプレックスのシステムは持続性を失うだろう。

 このように、バイオ燃料にも地域・国の事情や、個別の燃料の事情が大きく反映する。「カーボンニュートラル」なので推進する、というような大雑把な取り組みは、却って危険なことだ。

スペインの発電事情について     April 22 [Fri], 2011, 23:30

 

 飯田哲也氏がスペインの風力発電についてTweetしていたので、情報を追ってみた。
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1104/04/news113.html

以下に、記事を引用する。

スマートグリッド
スペインの風力発電、最大の電力源に成長
欧州の沿岸諸国は風力発電の採用に熱心だ。スペインの送電企業REEは、2011年3月、風力発電原子力や水力を上回り、最大の電力源に成長したと発表した。

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図1 スペインの電力供給 2011年3月の値。発電量の大きい順に、風力、原子力、水力、ガス火力(コンバインドサイクル)、コージェネレーションシステム、石炭火力、太陽光が並ぶ。出典:Red Electrica de Espana


スペインの送電企業であるRed Electrica de Espana(REE)は2011年3月31日、スペインの電力供給に占める風力発電の比率が前年同月比5%増の21%(4738GWh)に達し、月別統計では初めて最大の電力源になったと発表した。REEは政府系企業が1985年に設立したスペイン全土の送電を担う企業。

 スペインは再生可能エネルギーの採用に熱心であり、風力発電(21%)と水力(17.3%)、太陽光(2.6%)の合計が電力供給の4割を超える(図1)。同社は温室効果ガスの排出削減にも熱心であり、2011年3月には、CO2を発電時に発生しない技術によって、電力の57.9%を生み出したという。


 図を見ると、いろいろなエネルギー源が使用されていることが分かる。確かに風力の割合が大きく、次が原子力、そし水力、コンバインドサイクル(ガスタービンと蒸気タービンの組み合わせ)、コジェネレーション(ディーゼル等と給湯の組み合わせ)、石炭、太陽、の順になっている。太陽はかなり小さいが、他はそれぞれ同じくらいだ。

 コンバインドとコジェネ、そして石炭は、火力なので、約45%が火力ということになる。次が自然エネルギーで約40%、原発が約20%となる。多少の輸入もある。

 確かに、再生可能エネルギーの割合が大きいのは目立つ。これは、近い将来の日本のエネルギー供給体制の見本になるのではないだろうか。ただし、太陽はもっと大きくできるだろう。石炭・石油の火力が重要な位置を占めることも注目すべきだ。日本の火力発電技術のレベルは高いので、環境汚染は極めて少ない。国内向けというだけでなく、中国やアメリカ、フランスなど、性能の悪い石炭火力を使っている国は多いので、技術輸出すれば、大気汚染による健康被害を大いに減らすこともできるはずだ。

 現在は、CO2を出すということに神経質になり過ぎているので、石炭火力が毛嫌いされているが、実はCO2の気候影響は当初考えられていたよりも少ない。我々の生活に直結する地域気候については、もっと影響の大きい因子が人為・自然含めて色々ある。

 日本では、風力への「風当たり」が強い。国立公園法のために立地が限られるとか、野鳥のバードストライクの問題などだ。しかし、地熱発電も含めて、制度的な工夫はできるはずだ。またバードストライクも、アメリカなどの統計を見ると、実はビルや送電線によるものの方が圧倒的に多い。

 視野を広く持てば、可能性は色々ある。

エネルギー問題と気候変動問題を切り離せ

エネルギー問題と気候変動問題を

切り離せ           June 04 [Sat], 2011, 11:46

 

 「二酸化炭素25%削減策の検証 ― エネルギー問題と気候変動を切り離せ」という、しばらく前に朝日新聞「私の視点」に投稿して蹴られた文を、「もったいない」ので紹介する。(他にもあるが。) 

[注: 「もったいない」は、横浜国大グローバルCOEの課題である東西概念比較でも考察中の、日本独特の感性の一つである。]

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二酸化炭素排出25%削減策の検証 ― エネルギー問題と気候変動問題を切り離せ」

 民主党政権は、鳩山前首相が宣言した「二酸化炭素排出を1990年比較で25%削減」(以下、25%削減)の方針を変えていない。しかし、これは日本の社会や経済に大きな影響を与える政策であり、妥当性を慎重に検証すべきだ。

 特に、①「気候変動を抑制できるか」と、②「気候変動枠組条約(以下、枠組条約)から見て妥当か」が重要だ。最新の知見によれば、答は共に否である。

 まず①。2007年のIPCC(気候変動に関する政府間委員会)第四次報告書以降も、気候科学の進展は目覚ましい。その結果、二酸化炭素以外の人為活動や自然変動の重要性が大きく増した。

 例えば、中国やインドで質の悪い燃料を燃すために放出されるススは厚い「アジア褐色雲」となり、地域の気候にいろいろな悪さをする。また太陽や雲、海洋の変動の影響が想像以上に大きい。二酸化炭素を減らしても異常気象や気候変動は防げないのである。


 反論もあるだろう。「地球の気温は上がっているのでは」、「ヒマラヤの氷河は解けているのでは」、「ハリケーンや竜巻が増えているのでは」などだ。幸いなことに現在、このような一つひとつの疑問に、ほぼ答えられる段階になっている。 

 例えば、気温データの誤差は驚くほど大きい。実際、20世紀の気温は過去千年の中で異常に高いという研究報告は、間違いだったことが判明している。現在の温度計測定にも問題点が多い。誤差を考えると、ここ15年は気温は変化していない。ヒマラヤ氷河の後退は、主に降水量が減ったためだ。そして、ハリケーンや竜巻の数が増えたのは観測体制が充実した結果らしい。

 次に②。枠組条約は、温室効果ガスの排出量を取り決めた京都議定書の基となる国際条約だ。しかし枠組条約には、「持続的な発展を阻害しない限り」と明記してある。最近の経済的検討は、25%削減策がこの要請に反することを示している。

 25%削減の経済的影響評価には、GDPが数%減少するという結果が多い。これは新エネルギーへの移行など、社会が十分に対応できての話であり、現実のGDP減少はさらに大きいだろう。また、GDP減少の影響は社会の中で均一ではなく、弱い個所が大きく傷つくことになる。これはさまざまな形で持続的発展を妨げる。ヨーロッパ諸国の目標値を見ると、各国の事情に沿っており、無理はしていない。

 結局、25%削減は気候変動を抑制できないばかりか、社会的に危険な政策といえる。エネルギー問題と気候変動問題は切り離して考えるべきだ。そうすれば、石炭火力発電を初めとする日本の省エネ技術の輸出など、もっと多様な戦略が可能になる。

 気候変動については、社会の脆弱性を減らすのが効果的だ。25%削減にこだわりたいなら、特区を設けて試行し、その成果を海外に発信すればよい。一刻も早い政策見直しを望む。
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 脱原発を目指しながらCO2の25%削減も堅持する、というのは、無知から来るやせ我慢にすぎない。スポーツに譬えると、運動中に水を摂らないという古い知識にこだわって、マラソンで脱水状態になるようなものだ。頭を柔軟にした方がよい。

 「観点と戦略の多様性」が、より良い新しい解を生むことは、「数学的に証明されている」のだ。従って、多様な意見が取り上げられない文化は硬直するしかない。

 なお、知りあいの新聞記者によれば、この種の内容の文が朝日新聞に載るのは無理だということだった。うろ覚えだが、載りやすさの順番は、毎日>日経>>読売>朝日 というような感じだということだった。(違っていたら失礼。) それはそれで面白い観点ではある。